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東京地方裁判所 平成9年(行ウ)8号 判決 1998年1月27日

原告

若林ひとみ

右訴訟代理人弁護士

高橋利明

塚原英治

清水勉

児玉晃一

谷合周三

佃克彦

土橋実

中野直樹

羽倉佐知子

畑中鉄丸

堀敏明

森田太三

横山渡

脇田康司

被告

東京都知事青島幸男

右指定代理人

小林紀歳

外二名

主文

一  被告が原告に対し、平成八年一〇月二一日付けでした別紙二文書目録一記載の文書を開示しない旨の決定を取り消す。

二  被告が原告に対し、同年一二月二七日付けでした同目録二1、2記載の文書を開示しない旨の決定を取り消す。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、原告が東京都公文書の開示等に関する条例(昭和五九年東京都条例第一〇九号。以下「本条例」という。)六条に基づき、東京都議会(以下「都議会」という。)議員の海外視察等に関する支出命令書等の会計手続文書の開示を求めたところ、被告が、本条例九条八号の非開示事由に該当することを理由として、右各文書を開示しない旨の決定をしたため、原告がこれを不服として、右決定の取消しを求めている事案である。

一  本条例の定め

本条例(乙一)は、公文書開示の実施機関(以下、単に「実施機関」ということがある。)の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画、写真、フィルム及び磁気テープ(ビデオテープ及び録音テープに限る。)であって、実施機関において定めている事案決定手続又はこれに準ずる手続(以下「事案決定手続等」という。)が終了し、実施機関が管理しているものを公文書開示の対象としているが(本条例二条参照)、本条例九条は、実施機関は、開示の請求に係る公文書に同条各号のいずれかに該当する情報が記録されているときは、当該公文書の開示をしないことができる旨規定している。そして、同条八号には、「監査、検査、取締り、徴税等の計画及び実施要領、渉外、争訟、交渉の方針、契約の予定価格、試験の問題及び採点基準、職員の身分取扱い、学術研究計画及び未発表の学術研究成果、用地買収計画その他実施機関が行う事務事業に関する情報であって、開示することにより、当該事務事業の目的が損なわれるおそれがあるもの、特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるおそれがあるもの、大学の教育若しくは研究の自由が損なわれるおそれがあるもの、関係当事者間の信頼関係が損なわれると認められるもの、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるもの又は都の行政の公正若しくは円滑な運営に著しい支障が生ずることが明らかなもの」が掲げられている。

なお、本条例において、都議会は公文書開示の実施機関とはされていない(本条例二条一項参照)。

二  前提となる事実

(以下の事実のうち、証拠等を掲記したもの以外は、当事者間に争いがない事実である。)

1  当事者

(一) 原告は、東京都の区域内に住所を有する者である。

(二) 被告は、本条例に基づく公文書開示の実施機関である。

2  第一次開示請求

(一) 原告は、平成八年八月二三日、被告に対し、本条例六条に基づき、別紙二文書目録一記載の文書(以下「本件文書①」という。)の開示を請求した。

なお、本件文書①は、同目録一記載の都議会議員の海外視察の経費を支出するため、都議会議会局(以下「議会局」という。)管理部経理課長が作成した支出命令書であり、東京都会計事務規則(昭和三九年東京都規則第八八号。以下「会計規則」という。)五一条一項に基づき議会局から東京都出納長(以下「出納長」という。)に送付されて支払手続を了した後、同規則一一一条に基づき出納長が保管しているものである(乙六、八、弁論の全趣旨)。

(二) 被告は、平成八年九月六日付けで、原告に対し、開示請求の対象となっている支出命令書の特定及び検索に多くの日数が必要となることを理由として、本条例七条三項により、開示等の決定期間を延長する旨通知した。

(三) 出納長は、平成八年九月一九日、議会局長に対し、本件文書①の開示の可否について照会したところ、同年一〇月七日、議会局長から、書面により、本件文書①については、非開示とすることを希望する旨の回答を受けた。

(四) 被告は、平成八年一〇月二一日付けで、本件文書①を開示すると、執行機関である被告と議決機関である都議会との信頼関係が損なわれるとして、本条例九条八号により、本件文書①を開示しない旨の決定をし、これを原告に通知した。

3  第二次開示請求

(一) 原告は、平成八年一一月二一日、被告に対し、本条例六条に基づき、別紙二文書目録二1、2記載の文書(以下「本件文書②」といい、本件文書①と併せて「本件各文書」という。)の開示を請求した。

なお、本件文書②は、同目録二1、2記載の都議会議員の海外視察等(以下、同目録一記載の都議会議員の海外視察と併せて「本件海外視察等」という。)の経費を支出するため、議会局管理部経理課長が作成した支出命令書並びにこれに添付された債権者の請求書及び支払金口座振替依頼書であり、会計規則五一条一項に基づき議会局から出納長に送付されて支払手続を了した後、同規則一一一条に基づき出納長が保管しているものである(乙六、八、弁論の全趣旨)。

(二) 被告は、平成八年一二月四日付けで、原告に対し、開示請求の対象となっている支出命令書等の特定及び検索に多くの日数が必要となることを理由として、本条例七条三項により、開示等の決定期間を延長する旨通知した。

(三) 出納長は、平成八年一二月九日、議会局長に対し、本件文書②の開示の適否について紹介したところ、同月二〇日、議会局長から、書面により、本件文書②については、非開示とすることを要望する旨の回答を受けた。

(四) 被告は、平成八年一二月二七日付けで、本件文書②を開示すると、執行機関である被告と議会機関である都議会との信頼関係を損なうものとなり、都政の円滑な運営に支障を生ずることとなるとして、本条例九条八号により、本件文書②を開示しない旨の決定(以下、本件文書①の非開示決定と併せて「本件各非開示決定」という。)をし、これを原告に通知した。

三  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は、本件各文書が本条例九条八号の非開示事由に該当するか否かであり、具体的には、東京都の執行機関である被告と議決機関である都議会が本条例九条八号にいう「関係当事者間の信頼関係」を問題にすべき関係にあるか否か、右の点が積極に解される場合、本件各文書に、これを開示することにより、被告と都議会との間の信頼関係が損なわれると認められる情報が記録されているか否かが問題となる。

右争点に関する当事者の主張は、次のとおりである。

(被告の主張)

1 本件各文書は、都議会の活動に直接又は間接にかかわりを持つ情報であり、このような情報が記録されている公文書の開示・非開示を決定する権限を有するものは、本来、都議会である。

被告は、その補助機関である出納長が会計規則一一一条に基づき本件各文書を保管しているため、原告から本件各文書の開示の請求を受けたものであるが、被告としては、本件各文書が公文書開示の実施機関ではない都議会においてその権限に基づき作成されたものであることから、これを開示するか否かを決定するに当たっては、都議会の意向を尊重することが相当であると判断し、都議会に対し、本件各文書の開示の適否について照会したところ、「本件各文書については、開示することにより今後の議員活動に支障が生じ、ひいては議会の活動に悪影響を及ぼすおそれがあり、このことは、知事が議会の自主性、自律性を侵害するものとなる。」として、非開示を要望する旨の回答を得たため、本件各文書について開示決定を行うことは、執行機関である知事と議決機関である議会との信頼関係を損なうものとなり、都政の円滑な運営に支障を生じることとなると判断し、本件各非開示決定を行ったものである。

なお、本件各文書の開示の適否については、都議会から非開示とすることを要望する旨の意思表示があったことから、被告としては、その非開示とする理由につき合理的な理由があるか否かについて問うことなく、これがあるものとして、都議会の自主的な判断を尊重することが相当であり、これを無視することは、被告と都議会との間の信頼関係を損なうこととなると判断し、本条例九条八号により本件各非開示決定を行ったものである。

2 ところで、行政機関は、自然人がその機関の地位に就き、この者が機関としての意思を決定し、これを執行するものであるから、各種の行政機関の地位にある自然人(公的地位に立つ自然人)相互間においては、信頼関係が当然に生ずるものであり、この信頼関係は、本条例九条八号にいう「関係当事者間における信頼関係」に準ずるものと解すべきである。

このように、行政機関相互間においても信頼関係が生ずるものであるから、本条例九条八号にいう「関係当事者間」には、行政機関相互間及び執行機関と議決機関相互間をも含むものと解すべきである。

3 したがって、被告が、本件各文書について、都議会から非開示の要望を受けながらこれを開示することは、執行機関と議決機関相互の信頼関係を損なうことになると判断して本条例九条八号を適用し、本件各文書を非開示としたことは相当であり、本件各非開示決定は適法というべきである。

(原告の主張)

以下のとおり、本件各文書は、本条例九条八号の文書に該当するものではないから、本件各非開示決定は、いずれも違法な処分として取り消されるべきである。

1 本条例一条は、本条例の目的について、「公文書の開示を請求する都民の権利を明らかにするとともに、情報公開の総合的な推進に関し必要な事項を定めることにより、もって都民と都政との信頼関係を強化し、地方自治の本旨に即した都政を推進することを目的とする。」と規定している。本条例は、積極的な情報公開こそが都民と都政との信頼関係を築く上で重要だとの考え方に立っているのであり、本条例の解釈・運用は、正にこのような考え方に基づいてなされなければならない。

2 東京都情報連絡室作成の「情報公開事務の手引(再訂版)」によれば、本条例九条八号にいう「関係当事者間の信頼関係が損なわれると認められるもの」とは、「公にしないことを条件に任意に第三者から提供された情報のように、開示することにより、都と第三者との間における信頼関係が損なわれ、それ以降における情報収集や相手方の理解協力を得ることが困難になり、あるいは約束違反の責任が追求され損害賠償の原因等となるおそれがある情報」を指すものとされている。

すなわち、ここで保護しようとしている信頼関係は、東京都に対して任意に情報を提供した第三者との信頼関係であるが、被告と都議会との関係は、任意の協力関係ではなく、東京都内部の機関として相互に協力し合わなければならない関係である。したがって、両者の間でやり取りされた情報を開示することによって、事後に情報収集や相手方の理解協力を得ることが困難になったり、約束違反の責任が追求され損害賠償を請求されるというようなことはあり得ないのであって、両者は、本条例九条八号にいう「関係当事者間の信頼関係」を問題にすべき関係にはない。

3 本件各文書は情報開示の実施機関でない議会の情報であり、議員の議会活動にかかわる議会に関する情報であるが、原告は一納税者として、議員が公費を使ってどのような海外視察、親善訪問をしたのかを明らかにするための一環として本件各文書の開示を請求したものにすぎず、議会局としては、本来、納税者の問い合わせを待つまでもなく、右の点を納税者に報告するのが筋であり、被告が本条例の適用により本件各文書を開示したからといって、議会と知事の信頼関係が損なわれることはないというべきである。

被告が本件各非開示決定の根拠としているのは、本件各文書の開示の適否に関する議会局の回答書のみである。右議会局の回答書の内容は、それぞれ「本件文書①を知事が開示した場合、当事者である議会と知事との信頼関係が損なわれ、ひいては都政の円滑な運営に支障を生ずることになりかねない」、「本件文書②を知事が開示した場合、議会の自主性、自律性を損ない、ひいては議員の議会活動に支障が生ずることになりかねない」というものである。

しかしながら、本件各文書を開示するとどうして議会と知事の信頼関係が損なわれ、都政の円滑な運営に支障が生ずることになるのか、本件各文書のどの部分の公開が今後の議員活動にどのような支障を生じさせるのか、本件各文書のどの部分の公開が議会のどのような活動にどのような悪影響を及ぼすのか、被告が本条例に従って情報公開をすることが、なぜ議会の自主性、自律性を侵害することになるのかなどについて、具体的な説明は一切なく、およそ説得力のあるものではない。このような回答書を唯一の根拠として、本件各文書を非開示とすることは、本条例の解釈として許されないのであって、本件各非開示決定は、右2の論点をおくとしても、違法な処分であることは明らかである。

第三  当裁判所の判断

一  本件各文書は、本件海外視察等の経費を支出するため、議会局管理部経理課長が作成した支出命令書並びにこれに添付された債権者の請求書及び支払金口座振替依頼書で、会計規則五一条一項に基づき議会局から出納長に送付されて支払手続を了した後、同規則一一一条に基づき出納長が保管しているものである。

したがって、本件各文書は、公文書開示の実施機関である被告の職員(出納長は、被告の補助機関たる職員である。)が取得した文書で、事案決定手続等が終了し、実施機関が管理しているものとして、本条例による公文書開示の対象となるところ、被告は、都議会から本件各文書を非開示とすることを要望する旨の意思表示があったことから、本件各文書を開示すると、執行機関である被告と議決機関である都議会との信頼関係を損なうことになるとして、本条例九条八号により、本件各非開示決定をしたものである。

二  そこで、まず東京都の執行機関である被告と議決機関である都議会が本条例九条八号にいう「関係当事者間の信頼関係」を問題にすべき関係にあるか否かについて検討する。

1  この点につき、原告は、本条例九条八号において保護しようとしている信頼関係は、東京都に対して任意に情報を提供した第三者との信頼関係をいうものであり、東京都の執行機関である被告と議決機関である都議会との関係は、任意の協力関係ではなく、東京都内部の機関として相互に協力し合わなければならない関係であるから、両者は、同号にいう「関係当事者間の信頼関係」を問題にすべき関係にはない旨主張する。

2  しかしながら、本条例九条八号により、東京都に対して任意に情報を提供した第三者との信頼関係が保護されるべきことはいうまでもないが、それのみに限られず、東京都の機関相互の間でも、本条例九条八号にいう「関係当事者間の信頼関係」を問題にすべき場合があり、殊に執行機関である被告と議決機関である都議会との間では右の点が問題になるというべきである。

すなわち、普通地方公共団体の長及び議会は、それぞれ普通地方公共団体の執行機関ないし議決機関として、両機関分立の原則に則り、地方自治法その他の関係法令の定めるところに従い、それぞれの権限を行使するものであるが、普通地方公共団体の運営が円滑に行われるためには、両者が互いの権限を尊重するとともに、相互の信頼関係を損なうことのないよう努める必要があるものである。右のような普通地方公共団体の長と議会との関係に照らせば、例えば、知事が議会に対し、当該情報を執行機関内部のみで使用し、公にしないことを条件として、当該議会にかかわる一定の情報の提供を要請し、議会が法令上の義務がないにもかかわらず、任意にその要請に応じて右情報の提供を行った場合などを想定すると、知事が議会との信頼関係が損なわれることを理由として、議会から入手した情報の開示を拒むことを是認し得る場合もあるというべきであって、本条例においても、右のような執行機関と議決機関相互の信頼関係を保護していると解するのが相当である。

3 したがって、東京都の執行機関である被告と議決機関である都議会は、本条例九条八号にいう「関係当事者間の信頼関係」を問題にすべき関係にあると解するのが相当であり、原告の前記主張は採用することができない。

三  そこで、次に本件各文書に、これを開示することにより、被告と都議会との間の信頼関係が損なわれると認められる情報が記録されているか否かについて検討する。

1  前記第二の二記載の前提となる事実と証拠(乙二ないし五、八)によれば、本件各文書について、原告から公文書開示の請求があったため、本件各文書を保管していた出納長は、議会局長に対し、本件各文書の開示の可否ないし適否についての意見を照会したところ、議会局長から、本件文書①については、「本件は、情報開示の実施機関でない議会の情報であり、議員の議会活動に密接にかかわる議会に関する情報であることから、本件を知事が開示した場合、当事者である議会と知事との信頼関係が損なわれ、ひいては都政の円滑な運営に支障を生じることになりかねない。」との理由で、本条例九条八号により非開示とすることを希望する旨の回答書が提出され、本件文書②については、「本件は、情報開示の実施機関でない議会の情報であり、議員の議会活動に密接にかかわる議会に関する情報であるため、本件を知事が開示した場合、議会の自主牲、自律性を損ない、ひいては議員の議会活動に支障を生じることになりかねない。」との理由で、非開示とすることを要望する旨の回答書が提出されたことが認められる。

2  被告が本条例九条八号により本件各文書を非開示としたのは、右の議会局の各回答書を根拠とするものであるが、被告は、公文書開示の実施機関でない都議会から本件各文書を非開示とすることを要望する旨の意思表示があった以上、その非開示とする理由につき合理的な理由があるか否かについて問うことなく、これがあるものとして、都議会の自主的な判断を尊重することが相当であり、これを無視することは、被告と都議会との間の信頼関係を損なうことになる旨主張する。被告の右主張は、極論すれば、公文書開示の実施機関でない都議会において作成された文書については、公文書開示の実施機関の職員が職務上、当該文書を取得した場合においても、都議会が当該文書の開示を望まない場合には、常に非開示とすることができるというものである。

3  しかしながら、本条例は、公文書開示の実施機関でない都議会において作成された文書であっても、実施機関の職員が職務上取得した文書で、事案決定手続等が終了し、実施機関が管理しているものであれば、公文書開示の対象としているのであって、都議会において作成された文書について、特別な取扱いを認める規定は設けていないのである。

したがって、公文書開示の実施機関でない都議会において作成された文書であっても、本条例により公文書開示の対象となるものについては、本条例の定める非開示事由に該当しない限り、実施機関はその開示を拒否することはできないというべきである。そして、本条例が、公文書の開示を請求する都民の権利を明らかにするとともに、情報公開の総合的な推進に関し必要な事項を定め、もって都民と都政との信頼関係を強化し、地方自治の本旨に即した都政を推進することを目的とするものであり(本条例一条)、実施機関は、本条例の解釈及び運用に当たっては、公文書の開示を請求する都民の権利を十分に尊重するものとされている(本条例三条)ことに照らせば、開示を求められた文書が本条例九条八号の「関係当事者間の信頼関係が損なわれると認められるもの」という非開示事由に該当するというためには、当該文書の性質、内容、実施機関の職員が当該文書を取得した経緯等にかんがみ、当該文書に記録された情報を開示することによって関係当事者間の信頼関係が損なわれるものと客観的に認められる場合でなければならないというべきである。

4  そこで、本件各文書についてこれを検討するに、本件各文書は、本件海外視察等の経費を支出するため、会計規則に基づき議会局から出納長に送付された支出命令書並びにこれに添付された債権者の請求書及び支払金口座振替依頼書であるが、証拠(乙六、七)によれば、東京都において作成される支出命令書には、一般的に、組織名、支出命令番号、所属年度、発行年月日、支出科目その他の会計手続に関わる事項が記載されることになっていることが認められ、本件海外視察等に係る支出命令書にも右と同様の事項が記載されていることが推認できる。また、右支出命令書に添付された債権者の請求書及び支払金口座振替依頼書についても、その書類の性質上、そこには専ら会計手続にかかわる事項が記載されているものと推認できる。

ところで、普通地方公共団体においては、支出負担行為、支出命令の権限は当該地方公共団体の長が有するが(地方自治法一四八条、一四九条、二三二条の三、二三二条の四第一項)、当該地方公共団体の長は、支出命令権等をその委任を受けた吏員若しくは補助執行者としての職員又はその権限の委任を受けた他の執行機関若しくはその事務を補助する職員等によって行わせることができるものとされ(同法一五三条、一八〇条の二)、一方、予算の適正な執行を確保するため、現金の出納等の会計事務の権限は、命令機関たる長から職務上独立した出納長又は収入役が有し(同法一七〇条)、出納長等は、支出命令を受けた場合においても、当該支出負担行為が法令又は予算に違反していないこと及び当該支出負担行為に係る債務が確定していることを確認した上でなければ支出をすることができないものとされ(同法二三二条の四第二項)、出納長等に支出審査権が認められている。予算の適正な執行を旨として設けられた右の会計制度は、普通地方公共団体の議会についても同様に当てはまるのであって、東京都の会計規則上は、議会局の収支命令者が支出命令書を発行したときは、支出の内容及び経過の内容を明らかにした決定文書をその他の関係書類とともに直ちに出納長等に送付しなければならないものとされ(会計規則五一条一項)、出納長は、支出命令書を受けたときは、法令及び関係書類に基づいて、当該支出に関し予算が措置されているか、支出の内容が法令に違反しないかなど、その内容を審査した上でその支出を行うものとされ(同規則一三条、五三条、五七条、六〇条)、右支出命令書、債権者の請求書、支払金口座振替依頼書等の証拠書類については、出納長が執行年月日ごとに整理した保管すべきものとされている(同規則一一一条)。右のとおり、普通地方公共団体において、財務会計が適正に行われるべきこと、それを確保するための手続内容は、執行機関と議決機関とで違いがなく、右の観点からすれば、本件各文書に記録された右認定のような会計手続にかかわる情報の開示について、執行機関の権限を有する者が作成した同種の文書と異なる取扱いをすべき理由はないし、また、これを開示したからといって、議会の自主性、自律性を損ない、都議会議員の議員としての活動に支障をもたらすことは通常はないと考えられる。

右のような本件各文書の性質、内容、本件各文書を被告の職員が取得した経緯等にかんがみれば、客観的にみて、本件各文書に記録された情報を開示することによって、被告と都議会との信頼関係が損なわれるものと認めることはできず、他にこれを開示することが両者の信頼関係を損なうとすべき特段の事情があることを認めるに足りる証拠はない。

5  なお、前記第二の二3(四)記載のとおり、被告は、本件文書②の非開示決定をするに当たって、これを開示すると、執行機関である被告と議決機関である都議会との信頼関係を損なうものとなり、都政の円滑な運営に支障を生ずることになるとしているのであるが、右のうち「都政の円滑な運営に支障を生ずることになる」という部分については、本条例九条八号において、「関係当事者間の信頼関係が損なわれると認められるもの」とは別個の非開示事由として規定されている「都の行政の公正若しくは円滑な運営に著しい支障が生ずることが明らかなもの」という非開示事由を併せて、その非開示決定の理由としているものかどうか必ずしも明らかでない。

しかし、右の点については、本条例九条八号が、右の非開示事由について、単に都の行政の円滑な運営に支障を生ずると認められるものというのではなく、「都の行政の公正若しくは円滑な運営に著しい支障が生ずることが明らかなもの」と規定していることからすると、被告としても、本件文書②の独立の非開示事由として、右の非開示事由を主張するものではないと推測されるが、仮に右の非開示事由を併せて主張するものであるとしても、これまで説示してきたところに照らせば、本件文書②が右の非開示事由に該当しないことは明らかである。

四  そうすると、本件各文書は、本条例九条八号の定める非開示事由には該当しないというべきであるから、同号により本件各文書を非開示とした本件各非開示決定は違法というべきである(なお、本件各文書のうち支払金口座振替依頼書等には、本条例九条二号(個人に関する情報)の非開示事由に該当する情報が記録されている可能性もあるが、本件各非開示決定は、本条例九条八号の非開示事由に該当することのみを理由としてされたものであるから、右の点は、本件各非開示決定が違法であるとの結論を左右するものではない。)。

第四  結論

よって、原告の本件請求はいずれも理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官青栁馨 裁判官増田稔 裁判官篠田賢治)

別紙文書目録

一 平成七年一〇月一七日から同月三一日までに実施された都議会議員の海外視察(B班団長竹下孝雄氏)に要した経費に関する支出命令書

二1 平成七年一〇月に実施された都議団海外視察(A、C、D班)につき、出納長室が保管する支出命令書等の会計手続文書

2 平成八年七月に姉妹都市提携のためローマを訪れ、その後ドイツを訪れた議員の経費に関して、出納長室が保管する支出命令書等の会計手続文書

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